FB基礎講座/宝飾編
2001/07/24
《ジュエリースタイル−1》
ハーフパールご存知ですか
ジュエリーが大きく花開いたのは十八世紀後半から十九世紀、イギリスではジョージアンからビクトリアン時代、フランスではフランス革命を挟んでルイ王朝からナポレオンの時代に当たります。そしてジュエリーと密接な関係にある美術工芸の大きな流れは、新古典主義、ネオルネサンス、ネオバロック、ロココリバイバル、考古学主義(歴史主義)など、ルネサンス以降、絶えず古代へのあこがれが表現の柱になってくるのです。
こうした潮流を背景に、ジュエリーは意匠的にも技術的にも最高のレベルに達します。その中でも真珠はひときわ注目され、非常に特異な表現が生まれるのです。それが「ハーフパール」でした。
ところがこのハーフパールは、養殖真珠がマーケットに登場し流行する一九二〇年以降、全く作られなくなり、ジュエリーの表舞台から姿を消すのです。恐らく、真珠を半分にするには高度な技術が要求され、コスト的にも合わなくなったのではないかと考えられます。
それはともかく、小粒の真珠を半分にカットあるいはすり落とした半球状の真珠を用いて、実にさまざまなジュエリーが作られました。写真のジュエリーは懐中時計です。大小の真珠が、ボンベと呼ばれる中高の円板の上に、すき間なくびっしりと敷き詰められており、わずかに真珠を留める小さな爪(つめ)が表面に見えるだけです。でも、一体どのようにしてこれだけの真珠を留めたのでしょう。恐らく現代の技術で再現することは不可能かも知れません。また付属物としてついているのは、時計を巻くネジと全体をつり下げるフックです。これにも同じようにハーフパールが埋め込まれています。
だれもが美しいと認めるハーフパールは、主にペルシャ湾で採集された真珠をインドのボンベイに送って加工していたようです。しかし、どのようにして半分にしたのか、なぜ半分にしたのか、今に至るまでその具体的な目的と技術は分かっていません。
(資料協力=香川県在住個人コレクター/増渕邦治=宝飾品評論家)
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