FB基礎講座/宝飾編
2001/09/04
《ジュエリースタイル−7》
エドワーディアン様式−ジュエリーの華
十九世紀末のイギリスでは、エドワード皇太子とアレクサンドラ妃のファッションやジュエリーに対する趣味が、少しずつ市民に影響力を持つようになってきました。エドワード七世(在位一九〇一〜一〇年)がビクトリア女王の後を受けて王位に就いた短い期間を中心に作られたジュエリーのスタイルを、エドワーディアン様式と呼んでいます。
この時代はダイヤモンドとプラチナの時代と言ってもよく、ダイヤモンドの供給が飛躍的に増大し、現在のブリリアントカットに近いオールドヨーロピアンカットが登場してきます。
技法的にはオープンワーク、レースワークと言われる、糸鋸(のこ)でプラチナの金属に細いブリッジを作り、ダイヤモンドをセッティングするものです。またミルグレーンという技法の縁飾りも、エドワーディアン様式に花を添えた特徴のひとつです。
一九〇〇年のパリ万国博覧会を契機に、モードもS字ラインと呼ばれる細身の曲線的シルエットになり、プラチナとダイヤモンドのジュエリーと見事にマッチングして、ヨーロッパを席巻します。
この軽量で繊細、上品な仕上がりのジュエリーは、リボンやレース、月桂樹のリースなど自然主義の影響を受けたモチーフを取り入れているのも見逃せません。
そしてエドワード七世が好んだ、淡いグリーンガーネット、サファイア、アクアマリン、ペリドットなどの色石は大変珍重されました。またアレクサンドラ王妃が着けて流行したジュエリースタイルにドッグカラーがありますが、これはダイヤモンドや真珠を何列も並べて幅広のチョーカーにしたもので、大変興味深いものがあります。
日本では一九一二年に明治天皇が崩御し大正時代へと移ります。フランスではこの時代をベル・エポック(一八九〇〜一九一四年ごろ)と言いますが、欧州も一九一〇年代に入ると世界情勢が悪化し、貴族や富裕階級が支えていたモードの世界にも暗い影が差してきて、一四年の第一次世界大戦のぼっ発と同時に、世界中を暗い世相に巻き込んでいきます。
(資料協力=ギャラリー・トイダ・ギンザ/増渕邦治=宝飾品評論家)
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