FB基礎講座/宝飾編
2001/11/19
《ジュエリースタイル−15》
ガーランドスタイル−花柄で一世風靡
19世紀末以降のジュエリーを飛躍的に発展させたのは、プラチナの登場とアフリカでのダイヤモンドの発見でした。それまで白のジュエリーといえばシルバーでしたが、衣服や肌を汚すので、金で裏打ちをしなくてはならず、またプラチナのような硬質で高貴な輝きに欠けるところがありました。
プラチナは、19世紀の末から一流の宝石商によってジュエリーに積極的に使われましたが、プラチナを見事に使いこなしたのは、カルティエの3代目当主であるルイ・カルティエでした。ルイは、変色しないプラチナの白い輝きを「貴金属の王」と称しました。
1870年、南アフリカ共和国中部のキンバリーでダイヤの鉱山が発見されました。それまでダイヤは、インドが主産出国であったのですが、品質も埋蔵量も圧倒的にアフリカが突出しており、一躍ダイヤモンドラッシュが起こりました。ルイはプラチナと小粒のダイヤをマッチングさせ、その当時流行した花柄を意匠にしてジュエリーを製作しました。これがガーランドスタイルとして一世を風靡(ふうび)するのです。
ガーランドスタイルは「花綱飾り」や「花手綱模様」などとも言われ、花や葉をつぎ合わせた模様を、プラチナの台に糸ノコギリで引いて精ちな透かし模様を作っていくのです。その技術は、あくまでも繊細でデリケートな仕上がりを要求されました。
これらの繊細で優雅なガーランドスタイルのジュエリーは、20世紀初めに流行したテーラードスーツと見事にマッチしました。テーラードスーツは、アマゾースと呼ばれる女性用騎乗馬服にすでに取り入れられていましたが、19世紀後半以降に主としてスポーツや旅行の衣服として広まり、やがて一般に着用されていきました。テーラードスーツも上着とスカートのツーピースや、シャツウエスト、ブラウスなどとの組み合わせが、より女性らしいエレガントさを形づくっていきます。
写真のブローチは19世紀後期にイギリスで製作されたガーランドスタイルのペンダントです。
(資料協力:ギャラリー・トイダ銀座/増渕邦治=宝飾評論家)
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