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センコミpresents うちのお宝見せます!

  • 2017年1月2日 6時30分更新

センコミ

ファッションビジネス業界には、その企業ならではのエピソードがつまった〝お宝〟がいっぱいだ。心温まるものから、伝統や創業者の思いを受け継ぐもの、会社の成長とともに歩んできたものまで、ちょっとだけ見せていただきました。

 

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■ワコール 母娘2代で愛したスリップ

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手紙と共に収められたスリップ

 

 ワコール京都本社の1階に企業博物館「ミュージアム・オブ・ビューティー」がある。木綿地の第1号ブラをはじめ、同社の歩みを知る貴重な商品が並ぶ。ミュージアムの奥のガラスケースには、1960年代に作られた1枚のスリップが収められている。

 今から約20年前、手紙と共にこのスリップが同社のお客様相談室に送られてきた。3人の娘を持つ49歳の母親からである。彼女は高校卒業後、家業の飲食店を手伝っていた。わずかな小遣い、休みは月に1度だけで、ワコールの商品は「夢」だったという。その頃、帰省した姉から何か買ってあげると言われ、迷わず選んだのが、このスリップだった。着るのは月1回の休みぐらいで、21歳の結婚後も大切に着続けた。

 年月が経ち、自分の次女が独立。次女は、母親の様々な持ち物を持って行ったが、「30年物」のスリップもお気に入りの一つだった。しばらくして、そのスリップを着用した次女が顔を見せた。「丈夫ですてきなスリップ。本当に30年前の品かと思うほど、レースも生地もしっかりしている」。

 こうして、お礼の手紙と共に、丁寧に洗われたスリップがワコールの元に。「いつまでも愛される商品」にこだわり続けていくという思いの象徴として、同社の宝物となっている。

 

■三越伊勢丹  名優の舞台姿を飾った歌舞伎衣装 今も顧客に愛される

 三越伊勢丹のお宝は、明治、昭和の名優らの舞台姿を飾った歌舞伎衣装だ。経営統合前の三越は1907年(明治40年)に設けた三越衣装部で約半世紀にわたって貸衣装業を営んでいたことから、今も当時の歌舞伎衣装を大切に保存している。

 再現が困難とされる染織工芸技術と名優の気品や意気を感じられる歌舞伎衣装は、同社の中元・歳暮企画の商品でモチーフに使われるなど、今も顧客に親しまれている。誰がどの作品で着用したか判明している「由緒衣装」だけで約100、それ以外でも約300ある所蔵のなかから、「最も正月っぽいものを」というセンコミの強引なリクエストに、以下の2着を紹介してくれた。

 

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黒繻子地正月飾文様傾城打掛(くろしゅすじしょうがつかざりもんようけいせいうちかけ)

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木綿地龍丸入格子文様(もめんじりゅうのまるいりこうしもんよう)羽織り・着付

 正月飾りを大胆に表現しているという「黒繻子地正月飾文様傾城打掛(くろしゅすじしょうがつかざりもんようけいせいうちかけ)」、金の龍がおめでたい気分にさせてくれる「木綿地龍丸入格子文様(もめんじりゅうのまるいりこうしもんよう)羽織り・着付」は、ともに歌舞伎十八番のひとつである『助六由縁江戸桜』で着用されたもの。

 黒繻子地正月飾文様傾城打掛は六代目尾上菊五郎(1885~1949年)が1933年に遊女、楊巻(あげまき)を演じる際に着用した。肩から袖にかけてしめ縄を滝のごとく配し、前面には門松を縫いあらわした。袖には羽子板と羽根、手毬(てまり)、余白には大柄の梅花を華やかに散りばめている。

 木綿地龍丸入格子文様羽織り・着付は七代目松本幸四郎(1870~1949年)が1929年にひげの老人、意休(いきゅう)役に用いられた。

 これらの作品は28日まで三井記念美術館(東京・日本橋)で開催されている「日本の伝統芸能展」で見ることができる。

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